■ 谷川 俊太郎 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35031690.html 詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。 デビュー作品は詩集「二十億光年の孤独」。 人と出会ったおかげで、
自分とも出会えた。 ■ 夏目 漱石 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35029716.html 小説家、評論家、英文学者。 大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。 帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学校教師、 熊本で第五高等学校教授などを務めた後、イギリスへ留学。 帰国後、東京帝国大学講師として英文学を講じながら、 「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。 これが評判になり「坊っちゃん」「倫敦塔」などを書く。 君、弱いことをいってはいけない。
僕も弱い男だが、 弱いなりに死ぬまでやるのである。 やりたくなくったって、やらなければならん。 君もその通りである。 死ぬのもよい。 しかし死ぬより美しい女の同情でも得て 死ぬ気がなくなる方がよかろう。 人間として僕は決して君の師表たるような資格はない。 しかし世の中に、 こんな偉い人間になってみたいと崇拝するような人間は 一人もない。 だから君も君で 一人前で通りていけば、 それで一人前なのだから 構わんではないか。 ■ 坂本 健一 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35028407.html 大阪市北区黒崎町の天五中崎通商店街にある古書店「青空書房」の店主。 坂本は「大阪一売れない本屋」を自称し、 「たばこを吸いながら本はさわらないで」 「本は生きています。オビをきったら怒ります」といった注意書きや、 週刊誌のチラシなどを手描きで作り、店内に貼り出す独特の店づくりをした。 定休日ごとにシャッターに張っていた絵や言葉が添えられた手書きのポスターが、 メディアにも取り上げられるようになり、 あえて定休日に店舗を訪れるファンがいるなど独特の店づくりを展開。 この手描きポスターは、後に画廊や書店で展示なども行われたほか、 ポスター集は書籍としても出版されている。 所詮、世の中は
嘘で固められているけど、 自分に対して 嘘をついたらおしまい。 それから、 人生辛いことも多いけど、 上司が悪い、世の中が悪い というのは通用せん。 全 部 自 己 責 任 。 どんな環境になっても、 病気で動けなくなっても、 それが自分の運命や。 ■ 鬼塚 喜八郎 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35026733.html アシックス創業者。 1949年(昭和24年)9月に資本金30万円、社員4人で「鬼塚株式会社」を設立し社長に就任。 兵庫県バスケットボール協会理事長で兵庫県立神戸高等学校バスケットボール部監督の 松本幸雄に相談し、バスケットシューズの開発をすることに決める。 「選手の足の動きをよく見ろ」との助言により暇があるとコート通いをし、 選手から希望を聞き改良品を作った。 1951年(昭和26年)夏、キュウリの酢の物にあったタコの足に目がとまり、 タコの足の吸盤にヒントを得た全体を吸着盤のようにした凹型の底を考案し、 鬼塚式バスケットシューズとして販売。「鬼塚なんて知らない。」と言われるなか、 シューズを担いで全国の競技大会の会場を営業して歩き、 神戸高校バスケットボール部の優勝などもあり次第に売れ行きを伸ばした。 僕自身は、「オニツカ式キリモミ商法」って言ってるんだけど、
市場の中のある一点に集中して、掘り下げていく。 ただ一つだけでいい。 その一点に集中して、その消費者に合う商品を開発していくんです。 あれもこれもでは、大企業には勝てない。 バスケットシューズだったら、バスケットシューズだけ。 そこに一点集中する。 これがベンチャーの成功の決め手です。 ■ 安岡 正篤 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35024734.html 陽明学者・思想家。 戦後にあっては、自民党政治の中で東洋宰相学、帝王学に立脚し、 「実践的人物学」、「活きた人間学」を元に多くの政治家や財界人の精神的指導者や 御意見番の位置にあった。 安岡を信奉し、師と仰いだとして知られる政治家には 吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳など多くの首相が挙げられる。 他人が見ても心地よい
表情や態度を心がけて、 感情の乱れを表に出してはいけない。 ■ 細田 高広 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35023022.html 国内外で多数の広告賞などを受賞しているコピーライター。 一橋大学卒業後、博報堂に入社。 広告制作業務だけでなく、企業のビジョン開発や経営者のスピーチライティング、 企業マニフェスト、ベンチャー企業支援などを幅広い企業戦略を手掛け、 クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリスト、カンヌライオンズ、CLIO賞、 ACC賞グランプリ、東京コピーライターズクラブ(TCC)新人賞、 ロンドン国際広告賞など多数の賞を受賞。 ディズニーランドではスタッフのことを
アルバイトともホストとも呼ばず、「キャスト」と呼びます。 この言葉には、訪れるゲストをもてなすだけでなく、 楽しませて魅了する「役者」であれという メッセージが込められています。 「アルバイトとして仕事場へ労働しに行く」人と、 「キャストとしてステージで演技しに行く」と考える人とでは、 発揮させるパフォーマンスに大きな差が生まれます。 言葉が違うだけで何を期待されているかが明らかになり、 働く人の意識も一変するのです。 ■ 串田 孫一 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35021223.html 「不機嫌な太陽」より 詩人、哲学者、随筆家。著作は山岳文学、画集、小説、人生論、哲学書、翻訳など多岐にわたる。 詩集『羊飼の時計』(1953)、『山のパンセ』などが主著。 どうかしましたか。
誰かにそう言われる時は、 必ずどうかしている。 ■ 論語 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35018474.html 孔子と彼の高弟の言行を孔子の死後、弟子達が記録した書物である。 『孟子』『大学』『中庸』と併せて儒教における「四書」の1つに数えられる。 古代日本には、応神天皇の代に百済の王仁と言う人物によって伝えられたとされ、 律令時代の官吏必読の書となった。 今汝(なんじ)は画れり (かぎれり)。
- 雑 感 - 私は困難な事柄に直面したとき、心の中で「もはやこれまで・・」と、 「自分の力不足」と考えてしまうことがあります。 今日の言葉は、「論語」の一節で、弟子への言葉です。 あるとき、弟子の一人が「先生の説かれる道を嬉しく思わないわけではないのですが、 私は力不足でとてもついてゆけません」と訴えてきた。 孔子は 「本当に力の足りない者なら、今までついてこれず、途中で力尽きてしまっているはずだ。 お前は自分で自分の能力に見限りをつけ、自分は駄目だと思い込んでいるに過ぎないのだ」 と激励した話だそうです。 打ちひしがれながらも前に進まなければならない現実。 ここまでやったんだからという私の甘さに喝を入れて頂きました。 日々修行です。(-_-;) ■ 沢庵 宗彭(たくあん そうほう) ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35015912.html 安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。 大徳寺住持。但馬国出石(現兵庫県豊岡市)の生まれ。 紫衣事件で出羽国に流罪となり、その後赦されて江戸に萬松山東海寺を開いた。 書画・詩文に通じ、茶の湯(茶道)にも親しみ、また多くの墨跡を残している。 一般的に沢庵漬けの考案者と言われているが、これについては諸説ある。 葉一つに心をとられ候(そうら)わば、
残りの葉は見えず。 一つに心を止めねば、 百千の葉みな見え申し候(そうろう)。 是(これ)を得心したる人は、 即ち千手千眼の観音にて候。 - 雑 感 - 私は興味のある事に、つい夢中になってしまう癖が有り、それで、何度も失敗してしまいます。 仕事に例えるなら、一つのプロジェクトに対して、 短期計画と長期計画を立てて挑むべき所を目先しか見なかったり、と。 今日の言葉は、一つのことにとらわれてしまっては、周りが見えなくなってしまうということ。 大きな目と心で全体を把握して、あらゆる事に的確に対応できるようになりたいです。 日々修行です。(-_-;) ■ 小林 一三 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35014038.html 実業家、政治家。 阪急電鉄や宝塚歌劇団をはじめとする阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者。 鉄道を起点とした都市開発、流通事業を一体的に進め相乗効果を上げる私鉄経営モデルの原型を 独自に作り上げた。 山梨県出身。第2次近衛内閣の商工大臣、1941年(昭和16年)から貴族院勅選議員、 幣原内閣で国務大臣、初代戦災復興院総裁を歴任したが、戦後公職追放となった。 号は逸翁、別号に靄渓学人、靄渓山人。 旧邸雅俗山荘は逸翁美術館。 世の中は変わる。
非常な勢いで変わってゆくのであるから、 どう変わるかを早く見通して、 それに適応して行った人間が勝ちである。 ■ 佐藤 勝人 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35012167.html 経営コンサルタント。 日本販売促進研究所代表であり、カメラ販売チェーン店サトーカメラの代表取締役専務。 2013年10月1日から作新学院大学の客員教授。 23歳でカメラ専門店「サトーカメラ」を開き、大企業の大型量販店を相手に、 北関東で売上No1を記録し続ける実業家。 「一点集中」
で、 中小店は 必ず 勝てる! ■ 小林 正観 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35010192.html 著述作家。 学生時代から人間の潜在能力やESP現象、超常現象に興味を持ち、心学などの研究を行っていた。 講演は、年に約300回の依頼があり、全国を回る生活を続けていた。 著書に『「そ・わ・か」の法則』『喜ばれる』など、ベストセラー作品が多数。 人間の生きる目的とは、
「頼まれごと」 の人生を送ること。 すなわち 「人に喜ばれる存在」 になること。 ■ 鷲田 清一 ◇出典 http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35008541.html 哲学者(臨床哲学・倫理学)。 大谷大学教授、大阪大学名誉教授。 関西大学文学部教授、大阪大学総長などを歴任した。 関西大学にて教鞭を執り、教授などを務めた。 その後、大阪大学に移り、大学院文学研究科の研究科長や文学部の学部長などを歴任した。 さらに、大阪大学の副学長、および、その設置者である「国立大学法人大阪大学」の理事を経て、 大阪大学の総長に就任した。 2011年、大阪大学総長を退任し、名誉教授となる。 同年9月に大谷大学に転じ、文学部哲学科の教授を務めている。 本当の絆とは何なのか。
それは、 生きていくために、 食べていくために 力を合わせて働くこと。 そこで初めて 人間同士の絆は生まれるのです。 物を買うことや遊ぶことからは、 真の絆は生まれない。 生きるためにお互いが 助け合うという心にしか、 絆は宿らないのです。 ■ 酒井 雄哉 ◇出典 : http://blogs.yahoo.co.jp/e_dream21/35006650.html
天台宗の僧侶。 比叡山延暦寺の千日回峰行を2度満行した行者として知られる。 天台宗北嶺大行満大阿闍梨、大僧正、比叡山一山 飯室不動堂長寿院住職を務めた。 大阪市玉造生まれ。 旧制中学卒業後、昭和6年(1931年)慶應義塾商業学校(慶應義塾大学の夜間商業学校)に入学。 落第生で卒業が危ぶまれたため、慶應義塾の教授に薦められ、 昭和19年(1944年)、熊本県人吉の予科練に入隊した。 そこで半年間の訓練を受けた後、宮崎の宮崎海軍航空隊(後の松島海軍航空隊、陸上攻撃機)所属を 経て、鹿児島県の鹿屋飛行場に移る。 特別攻撃隊員として終戦を迎えた。 戦後はラーメン屋を開業するが火事で焼けてしまい、菓子屋、 証券会社代理店など職を転々とするがいずれもうまくいかない。 また、結婚2ヶ月目に妻が自殺するという事件もあった。 40歳のとき得度し比叡山延暦寺に入る。 千日回峰に挑む前には、明治時代に死者が出て以来中断していた「常行三昧」という厳しい行を達成。 今日の自分は今日でおしまい。
明日の自分は 今日の自分とは違うんだ。 「一日が一生だ」 と僕は言うんだけれど、 どんなときも 一日一日を真剣に生きていくしかないんだよ。
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